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ナゼ台湾人は親日なのか?日本統治50年の台湾史を研究してみた。

なぜ台湾は親日なのか?日本統治時代50年振り返る

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女の子

ねぇねぇ!台湾ってなんで親日なの?台湾旅行に行ったときに日本人っていうだけでめっちゃ笑顔くれた!
ググレカスって言いたいところだけど、台湾は大好きな国のひとつなので、彼らのためにも今回はカンタンに説明していくよ!

フリーメイさん

台湾って親日だよね〜

って言うのは日本国内では割と常識的な考え方で、また筆者自身も現地で台湾の人々と接する中で感じることは、まぁ間違ってないし、多くの台湾人って日本のことを好いていてくれて本当に良き隣人だよね〜って思います。

でも筆者は、ニュースや書店で、あるいは友人伝いでそういった声を聞くだけで、モヤモヤします。

だって人それぞれ感じることや思うことってあるやん。みんな感じ方ちがうよねって。

例えばアメリカ人に「キミは日本人なんだから俺らアメリカ人のことが大好きだなんだろぉ?知ってるぜぇメーン」ってアメリカ人に言われたらどう思うかって話です。

「なんだてめぇ勝手に決めるんじゃねーよ、そんなの人それぞれに決まってんじゃんボケ!(俺は好きだけどな)」ってなりますやん。普通。

まぁ、であるからにしてみんなが当たり前だと思ってしまっている物事の裏側にはどんな理由があるか、そういった疑問を調べながら生きていくと、人生はより面白くなると思います。

へー、だからそうなのか!という納得感って大事ですよね。

さ、ということで本題「台湾はなぜ親日なのか?」を探っていきますよ!

こんな人に読んで欲しい!
  • 台湾へ旅行へ行くのが大好き!台湾をもっと知りたい!
  • 台湾人って親日だよね!ところでなぜなんだろう?
  • 日本人って戦争でアジアで悪いことをしたんでしょ?

フリーメイさん

ちなみにワイは専門家でもないので「ほーん、そんなコトも有ったのね〜」って感じでさらっと読み進めてくださいね!では真面目に行くよ!

台湾人はなぜ親日なのか?日台の歴史を紐解いてみた。

日本の台湾統治期間は1895年から1945年までの計50年間の歴史があります。

19世紀後半、清朝からも「化外(けがい)の地(中華文明において文明の外の意)」として長年、放置され続けてきた台湾を日清戦争の講和条約で日本の領土として編入します。これは明治の開国以来、大日本帝国として初めての『外地』獲得を意味します。

その後、台湾へ進出した日本は、台湾に住む中華系住民や先住民の日本支配への抗日運動などを経て、日本の敗戦までの50年間で台湾を世界トップクラスの教育水準まで高め、また同時に阿片根絶、鉄道、電気、上下水道のインフラ整備を行い、現在に至る台湾の発展の基礎を支えた事実があります。

それがまた戦後の台湾人によって評価され、日本人に対する「親日」という感情で表立ってあらわれています。ポイントは台湾人は戦前の日本人に対して、特に感謝していることですね。

日本統治時代の歴史は台湾の学校教育でも「日本統治時代は当時の植民地主義の悪い側面もあったけど、台湾インフラの発展には確かに寄与したよ」と教えられているそうです。

補足
本記事では、できるだけ中立にまとめて、多くの日本人に台湾のことをもっと知ってもらいたいという思いで執筆しています。日本の台湾統治が正しかったとか、間違ってたとか論じるつもりは毛頭ございません。そもそもその当時生きてないし、リアルでみてないですし

日本統治時代50年を中心とした台湾史【年表】

 台湾史補足
1624年オランダによる台湾統治開始オランダ統治(37年間)
1662年明朝亡命政権である鄭成功による台湾統治開始台湾初の漢族政権(21年間)
1683年清朝による台湾統治開始清からは「化外の地」として台湾投資はほぼ無し。ただし1885年の清仏戦争頃から台湾投資が始まり近代化政策が始まった事実有り
1895年日本による台湾統治開始
日本本国に先駆け、義務教育を開始
日清戦争の講和条約で台湾島と澎湖諸島の一部が清朝から日本へ割譲される
1897年台湾銀行設立、阿片禁止法制定 
1903年本格的な電力供給開始淡水河を利用した台北市内への電力供給が始まる
1904年日露戦争勃発日本本国の財政悪化。台湾の財政独立化へ舵切り
1908年台湾を南北に結ぶ、縦貫線が完成 
1920年烏山頭ダム着工(別名八田ダム)この頃より台湾人エリート層による日本内地留学が始まる
1929年台湾教育令が改正し、初等教育において台湾人・日本人の共学制へ移行 
1930年当時世界最大の烏山頭ダム完成
台湾原住民による抗日蜂起『霧社事件』が発生
 
1931年嘉義農林高校が甲子園決勝進出 
1934年当時アジア最大の発電所『日月潭第一発電所』が完成 
1937年日中戦争の勃発、皇民化政策の本格化 
1941年太平洋戦争勃発 
1942年台湾人への陸軍志願制度始まる第一次倍率(約426倍)第二次倍率(約601倍)
1944年台湾人への徴兵制始まる

20万人の台湾人日本兵が出兵南方戦線で高砂義勇軍が活躍
1945年

日本敗戦
国共内戦が始まる

日本の連合国側(中華民国)への降伏
1949年中華民国政府が正式に台湾へ国共内戦に破れた蒋介石が、台湾へ映る。臨時首都台北。国民党の国是は「大陸反攻」
1951年サンフランシスコ平和条約日本が台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利を放棄する⇒台湾の地位未確定
1971年アルバニア決議国連で中国代表権が中華民国から「中華人民共和国」へ映る。中華民国の国連脱退
1972年日中国交正常化日本の台湾への断交通告

日本統治初期:1895年〜1915年

1894年に日清戦争が始まり、結果として大日本帝国側の勝利となります。その時の大清帝国(当時の中国の王朝)との戦後の講和条約である下関条約の中で決められたとおり「台湾及び澎湖諸島」の地域は日本へ割譲されます。

しかし日本による台湾統治初期は現地住民の抗日運動により困難を極めます。当然「台湾」には先住民族や清国の役人やその一族が住んでおり、下関条約を良しとしない多数の住民により抵抗運動が組織され、日本軍を苦しめます。

また、マラリヤや上下水道の整備がなされていなかった台湾では風土病も猛威をふるい、日本による台湾進出初期は相当な苦労が後世の資料からも察せられます(現地住民からしたら日本軍そのものが脅威なのは言うまでもありませんね

その後台湾現地住民の抵抗運動も終息するのが1915年と20年間の月日がかかったようです。この間の台湾側の被害は数万人にものぼるので、この時期を無視して、日本による台湾統治は台湾を豊かにしたとか言ってしまうと「ふざけんなバカ野郎!」と怒る人もいることは必死なのでなので気をつけましょう。

またこの時代の台湾統治の方針は、教育制度改革と鉄道などの基礎インフラの整備です。当時から日本人が教育を大切にしてきたのは日本人らしいです。人材育成は国家運営における最重要コンテンツですからね。

また農業面でもサトウキビ程度しか無かった為、日本内地への輸出用の作物としての『蓬莱米』の開発もこの時期に始まりました。

日本統治中期:1915年〜1937年

1911年頃の辛亥革命に影響された革命や抗日運動が落ち着き、1915年ごろには日本による台湾統治時代は安定期に入ります。同時にこの時期は日本は、台湾を日本内地の延長と位置づけ、台湾人との共生を目指す時期に入ります。

具体的には台湾人と日本人の初等教育からの共学制度、台湾人差別の撤廃、日本語教育の浸透などで徹底した日本との同化政策が取られます。この時期に台湾人エリートの日本留学が盛んになり、統治初期時代のような摩擦はずいぶん減っていたことが伺えます。

参考 ある台湾人女性の日本留学体験 -許秋槎のライフヒストリーDiscover Nikkei

この時代には治安も安定してきたこともあり、台湾のインフラ投資は絶頂を迎え、烏山頭ダム(当時世界最大)、日月潭第一発電所(当時アジア最大)が完成したりと、ダイナミックに台湾経済は活性化します。

また『日本は工業、台湾は農業』という分業制度を加速化した時期でもあり、烏山頭ダムの完成や蓬莱米品種の完成により、台湾の農業生産は飛躍的に向上していきます。

一方で、1930年に発生した霧社事件という台湾先住民による最後の武装蜂起も台湾史を語る上では決して忘れてはいけません。

日本統治後期:1937年〜1945年

1937年に日中戦争が始まると、日本人の兵力を補うために、台湾人の日本人への同化政策が強く推進されていったじきでもあったようです。具体的には、創氏改名や日本語や宗教の強制でしょうか。日本内地でも日本人に対してそうであったように、台湾でも同様の強い圧力が有ったことは想像に難しくはないでしょう。

なにせこの時期は中国とアメリカに二面戦争の真っ最中ですから。当時の日本政府には余裕はなかったでしょう。また台湾人の若者もすでにアイデンティティは日本人としている育っているので、帝国陸軍への志願者ものすごい倍率だったようです。

戦争は悲しいものなので、決して美談にするつもりは無いですが、台湾人日本兵の志願枠1,000人に対して40万人の応募、60万人の応募があったようです。

【日本統治時代の台湾】戦前、日本人として育った、とあるおじいさんの話 【日本統治時代の台湾】戦前、日本人として育った、とあるおじいさんの話

フリーメイさん

日本語世代で育った台湾人のおじいさんへ戦前のお話を聞いてきました。

日本統治時代の良き部分:インフラと教育

教育

日本の台湾統治が始まり、まず力を入れたのが教育制度改革、台湾統治直後の1895年には日本でも未整備だった義務教育を始めたみたい。

統治10年は日本支配に対しての中華系住民などの激しい抗日運動があり、あまり成果が上がらなかったみたいで1904年時点で3.8%。で、最終的に1943年の統計で台湾人の就学率は71%とアジアでは日本に次ぐ高水準まで引き上げたらしい。治安の回復と共に就学率がうなぎのぼり上がっていったのが伺えます。

*スマホの方は右にスクロールできます

年代1904年1909年1914年1920年1925年1930年1935年1940年1944年
台湾人学童3.8%5.5%9.1%25.1%27.2%33.1%41.5%57.6%71.3%
日本人学童67.7%90.9%94.1%98.0%98.3%98.8%99.3%99.6%99.6%

日本統治時代の就学率一覧 (『台湾省51年来統計提要』1,241ページ)

インフラ・農業生産の向上

当時の台湾統治の目的は『台湾は農業、日本は工業』というように、台湾の人々の為というより、大日本帝国全体を豊かにするための台湾統治といった側面が強く、それが農業生産を高めるため、鉄道を作り、ダムを作り、台湾中に電気を通し、結果的に台湾全体の生産性を著しく高めることに繋がったのが本当のところでしょう。

日本の当初の目的がどうであれインフラを残してきたことが、後の台湾経済発展の基礎を確かに支えたことが現代でも負の側面を上回り、感謝されているのは事実のようです。ちなみに今でも1930年に完成した鳥頭山ダムは2018年現在でも稼働中で台湾南部の農業を支えています。

また蓬莱米といって、今でも台湾で親しまれている蓬莱米を作ったのも日本人でこれも未だに台湾で主食として親しまれています。

参考 磯永吉(蓬莱米の開発者)Wikipedia

日本統治時代の負の部分:差別・同化政策

抵抗運動の抑圧があった

日本の台湾統治が始まった直後は、一部の漢族系の住民による抗日運動が頻発し、日本軍はこれを鎮圧した。この間に多くの日本人・台湾人が命を落としているのは事実。1895年〜1902年で3万人超の台湾側の死者。

日本統治初期は抵抗運動も多く、その犠牲は忘れてはいけない。

外地人という差別に苦しむ台湾人

台湾人も日本人と後期においては日本人同様の教育機会を与えられたが、初期においては日本人学校と現地台湾人が通う学校が明確に区別された。

台湾総督府(日本の台湾統治機関)のトップは日本人だし、例えば台北市役所では今で言う課長級以上の台湾人いなかったみたい。

だけど戦前の台湾人には『日本国籍』が与えられたらしい。だけど日本の内地への渡航は制限されていた模様。反対に朝鮮半島も1911年より1945年まで同様、日本統治時代だったが、朝鮮半島の人々は台湾人よりかなり自由に日本へ行き来していた模様。

まとめ:私が言いたいこと

この記事を読んだ人はどうか台湾人がナゼ日本に対して好意的に思ってくれているかを「考える」きっかけになってほしいと思って書きました。

なぜ台湾人は親日なのか?

日本はインフラや教育の基礎を台湾に根付かせた。その功績は日本がもたらした負の側面を遥かに凌駕したものだった。

フリーメイさん

上は、色々な書籍やネット資料を漁った結果のワイの見解であり、多くの台湾人の見解でも有ると思うぞ。

この記事では決して日本人がいかに台湾に貢献したとか、日本の戦前の海外政策が正しかったとか、そういうコトを言いたいのではない。 盲目的に「だって台湾人は親日だから〜」とか言う前に、僕たちの先祖がどんな痕跡を残してきたのか、という歴史を知ることにより、日本という国家を知ることの一歩になってほしいから。

戦後70年経つけど、日本人は未だに近代史アレルギーだし、他国に突かれ、謝罪や賠償の一辺倒だし(その割に謝罪が足りないと非難される)、こういった戦後の贖罪感は、敗戦国の宿命、そして私達自身の歴史への無関心が引き起こしていると思う。

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なんか、周りの国が声高に日本が悪いっていってるし「うーん、そうなんだろなー」って思っちゃってる。もちろん、そういった事実もある反面、事実として何があったかというコトを私達の世代は知るべきじゃないの?と思いますが、皆さん、いかがでしょうか?

一般的に日本を好いてくれる人は台湾以外にもインドやトルコなど多くの国があります。だけど、彼らが理由も無く、日本を好きでいてくれる訳でもなく、必ず理由があります。

その理由も知ることなしに「親日だから」って決めつけは良くないですよね。

さてギリギリ戦前を生で見てきた世代は(1935年生まれ以前の人)は、現在83歳くらい。実際にセンチに出向いた世代は93歳くらい。彼らの寿命はもうすぐそこに迫っている。

ぜひ台湾を訪れて日本語世代の話を聞いてあげて欲しい。そして世の中に文章化して公開してあげることが僕らIT世代の役目ではないだろうか。世界中どこ探したって、台湾人ほど日本人を好いてくれる民族はいないです。

そして僕たち日本人の若者世代は「先祖の築き上げた信頼貯金」で、アジアを闊歩してビジネスをしているに過ぎないので、次はわれわれ若者世代がアジアで、新しい信頼を築き上げ、次世代へ「日本の高い信頼」を継承できるように行動していかなければなりませんね!

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日本統治時代のオススメ映画

セデック・バレ

1895年から台湾統治35年が経過し、日本による「文明化」が進む中、台湾原住民による最後の抵抗が始まります。反日映画でもなく、親日映画でもなくバランスの取れた作品となっていて、見ごたえのある作品となっています。2部制ですが、『KANO』と並び台湾を知るにはオススメの名作となっています。ケンコバも日本兵役で出てますよ!2018年11月現在、U-NEXTで見れますので是非!

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